保守の視点

「保守の視点」から政治・歴史を語る

日本はアメリカから逃れることはできない

 日本の歴史の大部分において「外国」と言えば観念において中国、朝鮮、インドであったが、実際に日本に影響を与えたのはやはり中国、朝鮮である。

 中国の歴代王朝は基本的に海洋には進出せず大陸の経済活動には満足し、また安全保障の関心は常に北方の遊牧民族だった。

 時々、遊牧民族対策が失敗し中国が遊牧民に征服され「遊牧国家」が成立してしまうが、元帝国が同族のモンゴル・ハン国、清帝国中央アジアジュンガルに警戒したように遊牧国家の安全保障の関心もまた同じ遊牧民だった。だから元帝国による日本攻撃(蒙古襲来)は中国史において例外だったのである。

 朝鮮もまた海洋に進出しなかった。高麗・李氏朝鮮は中国王朝の圧倒的な影響下にあり、それで満足していた。朝鮮半島の歴史を見ると例えば高麗・李氏朝鮮は「一国の歴史」というよりも「中国の一地方の歴史」と見た方が理解しやすい。それほど朝鮮半島は中国王朝の影響下にあったのである。

 中国王朝は常に経済超大国だったが、軍事力では遊牧民に圧迫されるなど守勢が目立った。そこで中国王朝は他国を武力で征服するのではない独特の外交関係を周辺国と築いた。具体的には中国皇帝が周辺国の長を「王」に封じ、臣下とした。例えば歴代朝鮮王朝は中国皇帝から「王」と封じられて初めて「王」を名乗れた。

 節目ごとに臣下たる「王」の使者は中国皇帝に贈答品を持って挨拶に行くわけだが、その返礼として莫大な財物が交付された。

 また挨拶に向かう道中では商業活動も認められ「王」達は莫大な利益を得られた。

 この中国皇帝を中心とする独特の外交関係、いわゆる「冊封関係」であり日本も室町時代足利義満が実利目的で受け入れていたことはよく知られる。

 「冊封関係」は表現こそ厳めしいがその関係は「緩やか」であり、その内実は今日で言うところの「ソフトパワー」に基づく関係だった。支配―被支配関係は形式的儀礼的だった。

 しかし大航海時代を契機、ヨーロッパ諸国が東アジアに出現し日本も交流を持った。  

 大航海時代とは要するにヨーロッパの世界進出であり、また物流が陸上輸送から海上輸送に切り替わる最初の一歩でもあった。

 ヨーロッパ諸国の世界進出により日本は欧州を知りまたアメリカ大陸を知った。一方でヨーロッパ諸国との交流により日本はキリスト教を知り、その対策として「鎖国」を選択した。鎖国は単なる宗教政策ではなくヨーロッパ諸国を念頭に置いた安全保障政策という指摘もある。

 また一口に「鎖国」と言っても中国(清王朝)朝鮮(李氏朝鮮)とは長崎港を通じて限定的に交流を続けていた。だから鎖国下の日本は「冊封体制の周辺者」であり、その関係「冊封体制」の参加するのと同様、緩やかなものだった。

 過去の東アジアは「緩やかな関係」で成立していたのである。

 幸いなことに16~18世紀前半の海洋軍事技術ではヨーロッパ諸国は日本の脅威とは成らず鎖国は成立できた。もちろんヨーロッパ諸国相互の対立も影響した。

 鎖国により日本が対外戦争に巻き込まれることはなくなったが一方で軍事技術は停滞した。

 そして18世紀末からユーラシア大陸からロシア帝国が東アジアに進出し日本に圧力をかけ、そして1853年にペリー率いるアメリカ艦隊の侵入を許してしまい開国せざるを得なかった。

 太平洋方面からの軍事的脅威はペリー来航が初めてであり、これはまたアメリカがアジアに参入してきたことを意味した。ペリー来航を機とした「開国」により日本が意識する「外国」は急速に増え、またどの国も圧倒的な軍事力を持っていた。特に日本周辺に参入したロシア、アメリカは巨大だった。

 このような悪条件にもかかわらず日本は明治維新を実現し富国強兵も断行し近代国家・国民国家を確立できた。それはもはやアジアで「緩やか関係」で満足することが不可能であることも意味した。

 そして清国、ロシアと言ったユーラシア大陸の大国に戦争で勝利こそしたが1910年の朝鮮併合を機に大陸・海洋双方に進出する国家となった。

 要するに日露戦争後の日本は国家戦略が統一できなかったのである。とりわけ「大陸進出」は日本の外交の自由度を拘束した。国家戦略の不統の一まま陸軍が日本全体を牽引する形で大陸進出を推進した。しかし朝鮮経営は赤字で満州経営もまた膨大なコストを強いられた。

 大陸投資とそれを守るための闘いの犠牲が巨大だったため、そこからの撤退することが考えられず、最終的にアメリカと闘い大敗北を喫した。海外の権益を守ろうとして日本本土が焦土と化したのである。日本は「アメリカという参入者」に国を開けられ、また国土も焦土とされたのである。

 現在、アメリカは自らを「太平洋国家」と宣言しており、日本がいかなる姿勢を取ろうとも日本はアメリカのアジア戦略に巻き込まれる。

 日本はアメリカを拒むことができない。避けることも逃げることも無視することもできない。対米関係はまさに日本の繁栄と平和に直結するテーマである。またアメリカのアジア関与は決して日本にとって不利益ではなくむしろ利益あるものであり、戦後の日米同盟がそれを証明した。 

 アメリカは国として若く、またアジア関与の歴史は更に若い。短期間にもかかわらず「日本に影響を与えた外国」という意味ではアメリカは圧倒的であり中国・韓国と比較にならない。

 我々はなんとなく「アジア」という言葉を使って「アメリカとの距離」を強調しがちだが、安全保障という国家次元はもちろん、消費文化という個人次元もまたアメリカに感化されている。

 「アメリカなきアジア」は幻想である。何よりも「アメリカなきアジア」は不安定要素が極めて高く日本の平和を損なうものである。 「アメリカなきアジア」を安定させたいならば、かつての「冊封体制とその周辺」のように国境を意識しない「緩やかな関係」が求められるが中国、韓国、ロシアは領土意識が極めて高く、また東アジア諸国限定で「緩やかな関係」を再構築したとしても結局、アメリカに切り崩されるだけだろう。

 アジアからアメリカを除外する必要はなく、またそれは不可能だからアメリカのアジア関与を前提とした政策を展開していくしかない。

 それは結局、日米同盟の維持・強化しかない。逆に言えば日米同盟を損なう対アジア関係は要注意である。

左翼治外法権と拉致問題

 日本型リベラルが凋落した原因は諸説あるがその中でも北朝鮮拉致問題が極めて大きかったのは間違いない。旧社会党社会民主党朝鮮労働党と極めて密接な友好関係にあったにも関わらず拉致問題の解決には全く貢献せずそれどころ党機関紙ではその存在すら否定した。

 社会民主党のこの姿勢は完全に北朝鮮への迎合であり、もっと言えば利敵行為である。共産党を除けば左翼・リベラルの立場を取る新聞社・論者はこの問題に全く貢献せず、それどころ北朝鮮の側に立った。

 筆者の主観では拉致問題が公に認められるまでは世間一般の日本型リベラルへの批判は「夢想家」とか「お花畑」といったレベルのものだったが、拉致問題発覚に激烈なものになったと考えている。

 「お花畑」の類の批判は「批判」というよりも嘲笑であり「実害」がないという前提であり、正直、「お花畑」ならば無視してもよい存在である。

 しかし拉致問題という「実害」が発生したため社会は彼(女)らを看過できなくなった。

 拉致問題を考えるうえで話題に上がるのは在日朝鮮人の存在であり、特に朝鮮総連は注目される。拉致の手法としては「北朝鮮から不審船を使用して工作員を派遣し日本に上陸させ海外沿いにいる日本人を拉致・誘拐する」というケースは少数で実際は北朝鮮工作員は偽名を使い一定期間、日本に滞在し洗脳を期待できる日本人に平和的(紳士的)に接近し北朝鮮に連れ出すというケースの方が多かったと言われている。

 北朝鮮が日本人を拉致する動機は対韓・対日本用の工作員の確保であり、このことを考慮すれば北朝鮮工作員は短くない期間、日本に滞在していたことになる。

 そしてこのことから北朝鮮拉致事件には日本国内に協力者がいた」と考えるのが自然である。

 もっと言えば日本国内に「協力者」がいたからこそ北朝鮮は「拉致問題」を引き起こせたのである。

 「協力者」として真っ先に疑われるのはやはり朝鮮総連であり、同団体は「万景峰号」に代表される船舶を通じて北朝鮮に資金・高度技術(部品、設計図等)を送付していた。そしてこれら朝鮮総連による「本国支援」を原資として北朝鮮核武装を実現したと言われる。

 まさに北朝鮮による「核の脅威」は間接的であるが日本自ら引き起こした面もあり、この日本の有様は同盟国アメリカから見たら相当理解に苦しむことだろう。

 現在「北朝鮮制裁」の一環として北朝鮮船舶は全て日本への入港が禁止となっており、また朝鮮総連各施設には公安警察も積極的に家宅捜査(もちろん別件)しており朝鮮総連による「本国支援」は大きく制約されている。(完全に封じられているわけではない)

 この朝鮮総連の事例を見ても拉致問題が発覚するまでは朝鮮総連各施設は事実上、「治外法権」として化していた。

 筆者の記憶を辿る限り、かつてテレビ放映で「万景峰号」に乗船しようとしている北朝鮮関係者を公務員が検査しようとしたが、その関係者は検査の手を振りほどき、さっさと乗船したシーンがあった。おそらく「万景峰号」は事実上、「無審査」で貨物の運搬が出来たのだろう。

 また同じくテレビ放映からだが拉致問題が発覚して間もなくして公安警察朝鮮総連施設を家宅捜査した際に捜査員を朝鮮総連関係者と見られる集団が取り囲んだ。この朝鮮総連関係者の風貌はどう見ても「一般市民」ではなかった。朝鮮総連施設もまた「治外法権」だったに違いない。

 戦後、朝鮮総連施設・船舶が「治外法権」だったのは言うまでなく捜査した場合、その反抗が激烈であり、捜査員の負担が大きく朝鮮総連施設がある自治体に在住している捜査員では報復の恐れがあったからである。

 これに対処するためには全国から捜査員を集める必要がある。話は変わるが朝鮮総連への家宅捜査の事例を見ても日本で「自治体警察」など論外であることは明らかである。

 また何よりも捜査にあたって旧社会党系政治家が妨害したと言われている。拉致議連事務局長の平沢勝栄議員は「私が警察にいた時も、北朝鮮関連団体の事件をやったら、すぐに社民党の議員が抗議に来た。こんなばかな党はない。辻元さんも土井さんも、北朝鮮とズブズブの関係ですよ」と述べている。

 平沢氏が警察勤務時の大部分、旧社会党は国会で野党第一党の地位にあった。だから社会党朝鮮総連施設への家宅捜査を妨害するために国会運営を「人質」に取ることも出来た。

 だから朝鮮総連が「治外法権」したのも実は旧社会党を代表とする左翼の支援があったからである。さすがに旧社会党を「リベラル」を表現する気にはなれない。やはり彼(女)らは「左翼」と呼びほうが適切だろう。左翼の支援によって「治外法権」化したのだから「左翼治外法権」と言ったところか。

 そして拉致事件はこの「左翼治外法権」の存在があったからこそ発生したものである。もともと日本人は自らの領域さえ侵されなければ他人の領域は侵さない傾向がある。その本質は無関心であるが、これが大規模に行われると完成された「異世界」ができあがる。

 かつてオウム事件が論じられたとき「宗教法人を非課税にしているからオウムは事件を起こせた」という意見もあった。宗教法人は非課税だから税務署の査察が入らないのである。名目はなんであれ外部からチェックされるという意識があるのとないのではやはり天と地の差がある。外国のテロ組織などを見ても中央政府の統治能力(治安維持・税徴収能力等)が不安定な地域に存在している。例えばアメリ同時多発テロを引き起こしたアルカイダは山岳部に拠点を構えていた。「治外法権」はまさに治安に大きな影響を与えるのである。

 冷戦終結により「左翼」は「リベラル」に衣替えしたがその本質は同じである。

 控えめに言って旧社会党朝鮮総連を支援した理由はもちろん北朝鮮が同党が信奉する社会主義採用国家であったことだが一方で在日朝鮮人が「弱者」「被害者」であるという理解もあったからだ。 

 前者はともかく後者は必ずしも間違いではない。戦前から戦後中期まで在日朝鮮人差別は結構あった。だから旧社会党朝鮮総連支援が必ずしも観念的なものではなかった。

 しかし今の日本型リベラル界隈から聞こえる朝鮮総連支援の言説、例えば朝鮮学校への補助を巡るものを聞いても観念的という印象しかない。まさに「頭でしかものを考えていない」というやつである。「頭でしかものを考えていない」から「弱者」「被害者」そしてこれらに相対する「強者」「加害者」は著しく誇張されている。人によっては「漫画的」と評価するかもしれない。

 現在でも「左翼治外法権」の存在を疑わなくてはならない。最近「ヘイト」を名目に各種団体が結成されている。この種の団体が「左翼治外法権」とならないか注視しておく必要がある。当然、朝日新聞毎日新聞といったリベラル系マスコミにはこれは期待できないし、やはり期待できるのはネット有志だろう。

 また前記したように「治外法権」は本来、好ましくないものである。だから「治外法権」化を阻止するための政策は常に論じられなくてはならない。

 「治外法権」化を阻止する最も単純な手法は外部審査であり、公安警察は「別件捜査」を通じてそれを実施しているが、そもそも法治国家において「別件捜査」自体好ましいものではなく、また日本社会における「家宅捜査」「逮捕」の衝撃性を考慮すれば物理力を伴う外部審査は可能な限り回避すべきである。そこで検討されるべきものは「通信傍受」である。

 現在、通信傍受法こそ制定されているがその適用対象は組織犯罪である。しかし朝鮮総連のように外国の利益を図るために活動している組織も通信傍受できる法改正が必要ではないか。

 今後、日本では若年労働力を補うために外国人労働者を誘致する政策が積極的に推進されるだろう。要するに日本では外国人人口が増加する。外国人団体全てが外国の利益を図るために活動しているとは思わないが情報収集は治安維持の必須事項である。

 そして言うまでなく日本型リベラルの解体こそが最も効果的な「左翼治外法権」の解体手法である。日本型リベラルの生息地は競争原理が機能しない、倒産リスクのない保護産業(マスコミ、大学等)である。これらの解体(単なる「自由化」)こそ急務である。

 

 

 

「赤報隊」を呼び寄せる朝日新聞~ジャーナリズムの未来~

 昨年の国会はいわゆる「森友・加計学園問題」を巡り紛糾した。この問題は今年の春頃から低調になっていたが、最近、加計学園の理事長が会見したこともあり再び、話題を集めている。森友学園の件についていずれ述べたいと思うが、本稿ではこの「加計学園騒動」ついて述べたいと思う。

 現在、加計学園が問題になっているのは首相との面会の有無を巡る問題である。加計学園愛媛県に報告した内容と実際が異なっていることが問題視されている。

 しかし当たり前だが私人が政治家と面会したことを在住自治体に報告する義務はない。報告する義務がないのだから記録する義務もない。だから愛媛県への報告に関して加計理事長が「記録も記憶もない」ことは全く問題ない。愛媛県への誤った報告について朝日新聞などは「虚偽報告」という表現を使用しているが、はっきり言ってこの表現は不適切であり、ミスリードを誘うものである。

 確認しておくが新規大学の設置に関して「政治家との面会」が審査基準に含まれない。審査基準にないことを問題視するとはどういうことか。

 そして義務にないことを唐突に持ち出して私人を攻撃することは重大な人権侵害であり、あり得ない話である。

 「首相との面会」が異常なほど注目されているが仮に加計理事長が総理と面会し大学設置要件の緩和を求めたとしてもそれは単なる陳情・請願に過ぎない。政治家との面会が直ちに利益供与になるわけではない。現在の加計学園騒動は国民の陳情・請願権を侵害するものである。

 言うまでもなく加計学園騒動を引き起こしたのは朝日新聞であり、また愛媛県への報告に関しては現・中村知事の姿勢も騒動を過熱化させている。

 中村知事は愛媛県職員が作成した「備忘録」、要する職員個人の単なるメモを根拠に「首相との面会の有無」について騒いでいる。しかし前記したようにこれは義務にないことを根拠に私人を攻撃しているに過ぎないし、何よりも中村知事は正真正銘の権力者でありジャーナリストが好む用語を使えばまさに「権力による不当な人権弾圧」であり、許されるものはない。

 朝日新聞を始めとしたマスコミが権力者たる中村知事と一緒になって私人を攻撃している事実はまさに醜悪である。

 また中村知事の一連の発言により愛媛県は職員個人のメモに過ぎない、出鱈目な文書で意思決定していることを自ら宣言した。例えば都道府県は町村に限り生活保護事務を担当している。そうすると出鱈目な文書で生活保護支給の行政決定がなされている可能性も否定できない。もしかしたら本来ならば生活保護費を支給されるべき対象者に支給されていないかもしれない。だから今回の加計学園騒動を機に愛媛県の文書を全て確認すべきだろう。膨大な文書量になると思われるがその確認作業には中村知事も従事させるべきである。

 そして何よりも今回の騒動を引き起こした朝日新聞は極めて問題である。

 今回の加計学園騒動は近年、稀にみる「報道犯罪」である。そしてこうした「報道犯罪」を悪びれることなく朝日新聞が行うのは、新聞は倒産リスクのない保護産業であり、要するに既得権益だからである。

 どれだけフェイクニュースを垂れ流しても決してダメージを受けることはない、まさに腐敗した組織である。「ジャーナリズムは権力を監視するのが使命だ」とジャーナリストはよく言うがその監視能力誰が保障するのか。競争原理のない業界でどうして監視能力が保障されるというのか。「絶対的権力は絶対的に腐敗する」のものだから今のジャーナリズムに権力を監視する能力などない。もちろん監視する「意欲」はあるのかもしれないが肝心の「能力」がない。「意欲はあるが能力はない」という出鱈目な状態である。

 論を戻そう。新聞が保護産業であることはここ最近のことではなく戦後一貫してそうだった。この観点から言えば過去にジャーナリストが巻き込まれた幾つかの事件で、被害者たるジャーナリストは果たして「ジャーナリストの基準」に達していたのか検証すべきだろう。 

 ジャーナリストが巻き込まれた事件で有名なのは朝日新聞記者が死傷した赤報隊事件だが同事件の被害者は果たして「ジャーナリストの基準」に達していたのだろうか。

 不謹慎を承知で言うならば、もし赤報隊事件の被害者が今回の加計学園騒動に関する記事を書いたレベルの記者ならば生きていたら計りしれない人権侵害を引き越していただろう。「赤報隊が国民の人権を守った」という表現も成立してしまう(もちろんこれは筆者の本意ではない)

 こういう表現に嫌悪・反発感を覚えるものもいるだろう。しかしそれが成立してしまうほど今の朝日新聞偏向報道がひどいのである。

 そして何よりもジャーナリストの世界で競争原理に基づく平和的淘汰が成立しなければ「非平和的淘汰」の圧力が強まるだけである。それは外部からであり要するに「第2の赤報隊」である。朝日新聞は自ら赤報隊を招いていると言わざるを得ない。偏向報道は文字通り「報道の自殺」である。

 朝日新聞を始めとしたリベラル系ジャーナリストは「反日」「売国奴」と言った表現に反応している。この種の表現は物理的危害を想起させるものだから真っ先に反応するのもやむを得ない。しかしこの種の表現はマスコミ批判でも表面的なものに過ぎない。  

 昨今のマスコミ批判の中核は「嘲笑」「侮蔑」の類であり、このまま行けばジャーナリズムは「嗤われる存在」になるだけだろう。

 「新聞記者」と名乗るだけで「いかがわしい奴」と見なされる。そして「嗤われる存在」などぞんざいに扱われる。だからジャーナリズムへの暴力行使の可能性も高まるだけだろう。

 将来、ジャーナリストが不当な暴力にあった場合、彼(女)らは「報道の自由の侵害だ!」と騒ぐに違いない。しかし国民から「お前らなんか傷つけられて当然だ」と言われた場合、ジャーナリストは耐えられるだろうか。日本のジャーナリズムはまさに「崩壊」の瀬戸際にあると言っても過言ではない。

 

「批判のための批判」は議事妨害~日本型リベラルの戦術を検証する~

 安倍首相が自民党総裁選に勝利したため憲法改正の議論が活発化することが確実視されている。安倍自民党が提案するだろう改憲案は憲法9条に自衛隊の設置を明記するいわゆる「9条加憲案」であり、これは政権与党の公明党、そして護憲派たる日本型リベラルに配慮した案である。

 しかし日本型リベラルは日本国憲法聖典化しておりほんのわずかの改正すら反対している。現在、「9条加憲案」を提案する具体的な国会日程が話題に上ってきた影響か、安倍支持者からも改憲を躊躇する言動も出てきた。確かに改憲にあたって日本型リベラルは猛烈に反対するだろう。また国民投票改憲案が否決されれば再度、改憲を提起することは著しく困難になる。

 しかしそれでも改憲は必要なことだから改めて護憲派たる日本型リベラルの政治戦術について検証する必要がある。

 日本型リベラルの最大の戦術は「批判のための批判」の正当化である。「批判することに意義がある」とか「批判することが野党・ジャーナリズムの使命」といった類の主張をよくする。

 戦後、憲法や安全保障分野で「批判のための批判」が積極的に行われ大きな力となっていた。「批判のための批判」はそもそも批判の根拠が薄弱・不明のため説得困難・不可能なものであり、本来なら議事妨害である。

 しかし戦後政治ではかなりの間「批判のため批判」が肯定されて来た。これは戦争体験者の存在が大きい。戦争体験者が憲法・安全保障分野の議論の際に「戦争」を想起するものに嫌悪感・反発を持つことはある意味、当然とも言える。

 また戦後日本では憲法こそ改正されたが大日本帝国の指導者層が日本国憲法統治機構にそのまま横すべりした。

 「国家とは何をするのかわからない」「自衛隊はともすれば暴走する」と言った言説は戦争体験者が旧大日本帝国指導者層に向けた場合、それは感情論であり妥当性はないが大衆に対して一定の説得力を持つ。

 また戦後日本は昭和の時代までは経済成長に伴い国力は急激に増大していた。かつての「敵国」たるアメリカすらも追い越す勢いの経済大国日本、そしてそれを実現した自民党はまさに「巨大」であり、巨大な存在に対しては「批判」するだけでも大衆からは意義があるものと思われた。

「批判のための批判」は「戦争体験者」と「巨大化する日本・自民党」の二つを前提にした成立したものであり、要するに55年体制の産物に過ぎない。

 戦争未経験者が「自衛隊は人殺しだ!」と批判したとしてもそれは単なる中傷・侮辱に過ぎず、また日本は依然、経済大国であるが昭和の時代ほど勢いはなく今は少子高齢化社会に突入し「成長」に限らず「再分配」の必要性も主張されている。

 当然、自民党も昭和の時代ほど巨大ではない。「巨大」とは言い難い存在を根拠薄弱・なしに批判しても大衆から説得力は得られない。だから現在の「批判のための批判」は文字通り「何故批判しているのかわからない」次元である。

 また批判というものは誰でもできる。率直に言って子供でもできることである。逆に対案とは誰にでもできるものではない。対案とは問題を詳細に調べたものにしかできない。要するに対案を示さず批判しかしない者はそもそも問題を理解していないのではないかという疑惑が生じるのである。

 このことから「批判のための批判」とのやりとりはまさに「生産性がなく」時間とエネルギーの浪費に過ぎない。また日本は「全会一致」が尊ばれる社会であるから少数派が発言力を持ちやすい社会とも言える。だから「批判のための批判」が影響力を持ちやすい。

「批判のための批判」しか行わない者を今風に表現すればそれは「クレーマー」だろう。だから日本型リベラルは「リベラル用語を使用するクレーマー」という表現が最も適切である。

 クレーマー対策は要求を断固として拒否・無視するのが一番だが国会ではこれができない。野党が採る欠席戦術は朝日新聞毎日新聞等のリベラル系マスコミによって支持され、これに反応し高齢無党派層が支持する。一方で若者は「クレーマー」に対しては強い拒絶反応を持っている。

 最近、各種世論調査でも「若者が自民党を支持し高齢者が立憲民主党を支持する」という構図が確認され、もはや定着の域に達している。若者は日本型リベラルに距離を置いている。若者は当然、未来を見る者だし、高齢者は過去を懐かしむものである。そして今の高齢者の多くが戦争未経験者である。

 要するに55年体制の政治闘争に染まった高齢者が若者の未来を奪っているのである。

 高齢者はいずれ鬼籍に入るが延命技術の発達によりまだまだ高齢者は社会において多数派を占める。一方で若者が日本型リベラルに距離を置いている事実を踏まえ「根拠なき批判は議事妨害」を強く主張していく戦略が求められる。

 改憲案の国会提出は来年という話が有力である。改憲以外にも国会では予算・法案が審議され野党は強硬姿勢で臨むと思われる。

 与党は野党の強硬姿勢には安易に妥協せず断固とした姿勢を取り野党の無内容性を可視化させ世論の離反を迫るという戦術を採るべきだろう。要するに「世論を意識した国会戦術」である。いずれにしろ自民党は「国対政治」に代表される妙な55年体制意識を捨てることが改憲のためにも必要である。

 

 

リベラルを包含する日本の「保守」

 戦後日本でイデオロギー闘争が低調になってどのくらいになるのかわからないが冷戦終結が一つの起点になっているのは間違いない。イデオロギー闘争は例えば経済や福祉の分野では主流にならないが憲法、安全保障の分野では依然、幅を利かせている。

 それは言うまでもなく「保守」「リベラル」という対立軸である。

 昨年の総選挙では立憲民主党が自らを「保守」と位置付け話題を集めた。

 「保守」「リベラル」の分類は政治の世界では積極的に行われている。もっとも政治は党派抗争という性質を持つからある意味、当然である。

 リベラルについては筆者は既に記した。そこで本稿では「保守」について論じたい。

 日本の「保守」の最大の特徴は原理的思想がないことである。「保守」の立場で皇室を否定するものはいないが、一方で皇室は思想ではない。海外の「保守」とは雑駁に言えば宗教であり欧米ならばキリスト教である。キリスト教的価値観への姿勢が「保守」「リベラル」を決めている。そして宗教である以上、聖典が存在する。これが決定的に重要である。

 聖典がある、もっと言えば文書化されたテキストがあるという事実は運動に活力を与える。守るべき文章の存在は「ここにこう書いている」「ここには書いていない」といった具合で実にわかりやすい。しかし日本の「保守」には聖典とかテキストといったものはない。皇室と深い関係にある宗教は神道だがこれも聖典、経典と呼べるものがない。だから日本の保守はある意味「緩い」とも言える。

 もともと日本は「無思想こそ思想」と呼ばれる風土であり、強固な思想は確立しなかった。周辺に原理的思想があっても日本は島国だからその流入も限定的で容易に日本化する。そのため歴史的に見ても日本の政治機構は強力な中央集権ではなく連合を基礎とし、例えば天皇は権力が無力化され終には祭祀的儀礼的存在となった。武家政権徳川幕府成立までは中央政権は決して強力とは言えず、強力だった徳川幕府も「藩」の存在を認める分権的政治体制であった。

 日本は政治も宗教も総じて「緩く」また「融通無碍」だった。このように融通無碍が容認される風土では「保守」もまた融通無碍である。融通無碍的保守は「強さ」「活力」を感じられず否定的評価されることが多い。

 しかし筆者は日本の「保守」は融通無碍であるからこそ一方で自由・平等・寛容といった欧米発のリベラルな思想を吸収できたと考える。皇室の存在さえ否定しなければ保守はリベラルの価値観を決して否定しない。だから日本の「保守」はリベラルを包含しており、やや大胆な表現を使えばリベラルの土着化が日本の「保守」と言い方もできる。

 このようにリベラルを包含した「保守」は「寛容な保守」という表現が最も適切である。  

 これは昨年、誕生した希望の党が打ち出したスローガンであるが、同党は初心に帰ってこれを考究してみてはどうか。

 論を戻すが日本の「保守」は融通無碍でリベラルを包含しており、このことは日本型リベラルの存在意義を奪った。更に日本型リベラルの特徴である「責任と現実の積極的無視」そしてその裏返しとしての「保守」の政権担当能力の充実が日本型リベラルの先鋭化を進め大衆的支持を失わせた。「保守」がリベラルを包含し、政権与党を担当し満点でこそないが基本的に社会が成立しているならば日本においてリベラルは不要という評価もできるし、率直に言って筆者はその立場である。

 今の日本型リベラルはもはやリベラルとは言えず、その実態は日本国憲法聖典化しリベラル用語を駆使し「弱者」に寄生し対立・衝突を煽り社会を分断させるだけの存在に過ぎない。

 彼(女)らとのやりとりはまさに不毛・浪費であり、政治レベルでは国会を空転させている。また外交レベルでは「敵の敵は味方」理論を採用し外国人活動家を日本に誘致したり、憲法9条を守りたいがために中国・北朝鮮の側に立ち「侵略の呼び水」という性格すら持つ。

 それでも「批判することに意義がある」と言った次元で日本型リベラルを正当化するものもいるかもしれない。「批判のための批判」が「容認」されるのは批判対象が巨大なものに限られる。戦後日本で言えば経済成長を続けていた日本自身とそれを実現させていた自民党である。

 しかしもはや日本は経済成長が著しい国とは言えないし、経済の長期停滞の結果、自民党も弱体化した。「安倍一強」は所詮、批判のためのレッテル貼りに過ぎない。自民党の基盤は昭和の時代に比べれば相当程度低下し高齢化も進んでいる。有力な支持基盤だった建設業界も公共事業の削減により弱体化した。今は無党派層が非・反リベラルの立場であり、その反動で支持を受けているに過ぎない。大体「批判のための批判」とは批判の根拠を示さないのだから説得不可能であり、単なる議事妨害である。常識で考えればわかるはずである。

 論を戻すならば保守がリベラルを包含している以上、もはや日本型リベラルは不要であり、積極的に解体していく必要がある。憲法9条2項が削除されれば日本型リベラルは完全に解体されるが、それが難しいのが現実である。しかし粘り強く改憲運動をしていく他ない。また「保守」「リベラル」といった議論はどうしても観念的になり大衆から遊離してしまう。だから議論を具体化していくために「保守」は一見するとリベラルの分野に思える政策にも関心を持つ積極的に提言していく必要がある。

 それは「寛容な保守」の具体化に他ならず大衆的支持の拡大も期待できる。要するに「保守」が受け身にならず積極姿勢でいることが日本型リベラル解体に最も必要なことである。

 日本型リベラルが解体されれば日本で左右両派によるイデオロギー闘争は終焉し自民党も存在意義を失い「都市派」「地方派」に分裂し政策論争もより実際的になり「天皇を戴く自由・民主主義国家」がただ存在するだけになる。

「臣民」という民主革命~教育勅語を通じて考える~

 安倍政権が内閣改造を行い新大臣たる柴山文部科学大臣が記者から教育勅語に関する質問を受けて「現代風に解釈され、あるいはアレンジした形で、道徳などに使うことができる分野というのは十分にある。普遍性をもっている部分がみてとれる」と発言しちょっとした話題になっている。反安倍勢力、日本型リベラルはまたぞろ「戦前回帰だ」とか批判している。そこで本稿では教育勅語について論じたい。

 教育勅語は戦後の進歩的知識人の中では極めて評判が悪かったのは論をまたない。内容に「普遍性」が確認できたとしてもその復活はもちろん国がそれに準ずるものを学校現場に持ち込むことに強く反対した。現在、「道徳」が科目化されているがそれへの反発の源流も教育勅語にあるのは間違いない。

  教育勅語の評判が悪いのは文中に「臣民」という言葉が入っているからだろう。「臣民」は大日本帝国批判の代表的用語であり「臣民」とは即ち「天皇の臣下」「天皇との主従関係」を想起させ、そこに自主性はなく「従属」を想起させる。しかしこれは多分に戦後的価値観、表現である。

 確かに「臣民」は主従関係を想起させるが一方でそれは政治参加を意味した。江戸時代までは政治に参加できるのは「君主」と「臣民(=臣下)」だけであり、大多数の民衆は政治の外にいた。

 雑駁に言えば江戸時代までの社会構造は「君主>臣民>民」から成っていた。だから教育勅語を制定した明治23年(1890年)時点で「民」を「臣民」と表現することは「民」の「臣民」への「格上げ」に他ならず極めて肯定的意味があった。

 戦後的価値観、表現に基づけば「民」と「臣民」の言葉を並べた場合、ほとんど全部の人が「臣民」という言葉を「下」に見るだろう。

 しかし封建時代の残滓がある社会では必ずしもそうではなかった。安易に「臣民」を否定せず「民」を「臣民」化する。既存の価値観、表現を否定せずそれを尊重したうえで改革を進めて行く明治政府のリアリズムが読み取れるのではないか。

 もし教育勅語大日本帝国憲法を通じて日本人が「臣民」化されていなければ戦前日本の民主運動は失敗に終わっただろう。今まで政治の外にいた「民」が唐突に権利獲得運動を起こしても単なる「一揆」と見なされて大衆的支持はもちろん知識人の支持も得られなかったに違いない。

 だから「民」を「臣民」と表現した教育勅語は「民」の政治参加を促進させた一種の「民主革命」である。要するに教育勅語は民主主義を促進させたのである。

  なによりも「天皇の臣下」たる「臣民」になったとしてもそもそも天皇は自ら政治を行う主体ではない。「天皇親政」は大日本帝国下でも予定していなかった。要するに君主は臣下に干渉しないのである。干渉してこない君主との間に実質的な意味での「従属」関係は成立するわけがない。

 また「臣民」は社会低地位によって区分されなかった。大学教授や医者も「臣民」であり、農民や労働者もまた「臣民」だった。もっと言えば大日本帝国では内閣総理大臣も名もなき民衆も等しく「臣民」だったのである。

 ここに「天皇の前では皆同じ」という平等思想が読み取れる。これは「一君万民」と呼ばれた。この「一君万民」の理念は戦前期において大きな力を発揮した。有名なのは昭和の青年将校運動だろう。彼らは時の内閣、宮中関係者を「君側の奸」即ち天皇と臣民の間に立つ「中間遮蔽物」とみなし実力行使で排除した。いわゆる2.26事件である。

 「君主に干渉されない臣民」「社会的地位で区分されない臣民」こう考えると「臣民」は案外、自主性がある。確実に言えることは大日本帝国下で「臣民」だった我々の先祖はかなりしたたかだったことである。

 柴山大臣の発言が今後、どのような影響を与えるのかわからない。しかし教育勅語が制定されたもはや100年以上たっている。その批判が開始された「戦後」も70年以上経過している。これを機に教育勅語全体はもちろん勅語に記されている「臣民」についても落ち着いた議論をしても良いのではないか。

同盟国を欺くことが「賢い」?

 集団的自衛権の限定行使を認めた、いわゆる「安保法制」が国会で可決されて3年、施行されて2年半あまりが経過した。

 反対派が主張したように安保法制可決後、これが起因となり日本が「戦争に巻き込まれた」という事案は発生していない。 

 むしろ北朝鮮情勢を巡り、同法に基づき自衛隊がいわゆる「米艦防護」を実施し抑止力を高めたほどであり、やはり集団的自衛権は日本の安全保障の向上に役立っている。

 集団的自衛権の限定解禁は日米同盟強化策の一環であることは明白であり、解禁に向けて米国側から働きかけがあったのは間違いなく、それも特段、隠されていない。

 集団的自衛権の限定解禁が行われるまで日米同盟は「片務的同盟」と表現された。もちろん現在でも日本有事を除けば自衛隊の対米支援は基本的に「後方支援」に限定されており、最前線で戦うことは予定していない。

 日米の戦力差は比較にならず「日本はアメリカに守られている」という構図であるから「片務的同盟」という性質は基本的には変わらない。しかしこれは装備や防衛予算の次元の話である。

 集団的自衛権が限定解禁されるまでは海上自衛隊護衛艦は近隣に展開する米海軍艦艇が攻撃された場合、「日本有事」を除きこれを支援することができなかった。米海軍は全世界に展開しており、その最中にいちいち「日本有事」という区分はしていないし、そういう区分自体、米海軍の機動力に制約をかけるものである。これは海軍の特性を考えれば容易に想像できるのではないか。

 しかし集団的自衛権の限定解禁により「日本有事」以外、前記したように地理的制約なしに日米は共同行動が出来るようになった。

 装備や防衛予算次元の「片務的同盟」はNATO・米韓同盟でも確認できるが法的次元のものは日本だけである。「同盟軍を守る」という本来ならば自明過ぎて問題にならないものまでが日米同盟では問題になっていた。そういう意味では集団的自衛権の限定解禁は日米同盟の「国際標準」化の一歩であるし、日本の「普通の国」化とも言える。今後、政治情勢を注視しながら全面解禁に向けての準備を進めるべきであろう。そしてそのために保守派は結集、理論武装を進めて行く必要がある。

 米国からの要請を受けての限定解禁だったことから「対米従属である」といった類の非難があった。しかし率直に言って米国の要請は常識的なものである。

 自国の憲法を根拠に反対しても米国の幻滅を招き、日米同盟の亀裂、最悪、解消になるだけである。もちろん「日米同盟無き安全保障」も考えられるが結局、それは自主防衛以外にあり得ない。

 限定解禁を巡り日米間で具体的にどのような交渉があったのかはもちろん知らないが

日本では同盟国たるアメリカの要請を上手く拒否する、もっと言えば欺くことが賢明であるかのような論調が目立つ。「憲法9条があるからアメリカの軍事協力を拒否できた」と言った類の言説もこの一部である。

 例えばアメリカが唐突に日本の防衛費を3倍にするよう要求してきたらそれは横暴だが同盟とは基本的に相互支援であり、その基礎は両国の「信頼」である。だから同盟国を欺くことが賢明といった論調はあり得ないものである。

 戦前の日英同盟もそうだったが日本ではどうも外国との同盟関係を「損得」の次元で論ずる風潮が強い。同盟国から可能な限り「得」を引き出すことこそが同盟関係だと言った具合である。

 確かに過去の日英同盟、現在の日米同盟ともに文化、人種が日本と大きく異なっており、要するに共通点より相違点を感じる国民が多い。だから「損得」の感情が優先するのはある程度はやむを得ない。しかし、やはり限度というものがある。幸い過去の日英同盟よりも現在の日米同盟は地理的にも国力的にも利害を共有しやすい。

 ソ連崩壊後、左翼はリベラルに衣替えしかつての自らが展開した日米同盟否定論を忘れ「ソ連が崩壊したから日米同盟は不要だ」と主張し、そこから派生し「日米同盟の維持のために北朝鮮・中国脅威論を煽っている」などと言う。

 確かに日米同盟はソ連を対象として締結し、そしてソ連崩壊後、もちろん非公然だが北朝鮮・中国を対象としている。もちろんソ連から北朝鮮・中国への対象の変遷は日米同盟の維持のためではない。もう少し巨視的にとらえたい。

 歴史的に見ても日本の安全を脅かしてきたのはユーラシア大陸の勢力であり、ユーラシア内部の大国間の競争がなくなり、その「力」が海洋に進出したときに日本と衝突する。唐帝国元帝国、ロシア帝国ソ連といった国々はいずれもユーラシア大陸の盟主的存在である。だから中国が台頭しロシアを圧倒しユーラシア大陸の盟主になろうとするならばそれに備えるのは当然である。中国に迎合し日米同盟を解消すれば中国が海軍力の増強を止めるとでも言うのだろうか。ますます増長するだけだろう。

 ユーラシア大陸の盟主が日本を軍事的影響下に置けばあとグアム、ハワイまで一瀉千里である。だから中国台頭を念頭に置いた日米同盟の強化は日本はもちろん、アメリカにとっても有益である。また日米同盟を考える際に「利害」に限らず日米両国ともに民主主義国家である点も重要である。

 日米同盟は単なる国家の領域を防衛するために限らず「民主主義」という価値観を守るという意味を持つ。アメリカが「民主主義」の価値観を極めて重視していることはよく知られる。ネオコンのように軍事力の行使を通じて「世界の民主化」を図ろうとした勢力もいるぐらいである。

 今のアメリカのそこまでの力はないが「民主主義圏を守る」程度のことは間違いなくするはずである。その場合、日本は独裁国家たる中国の最前線に位置するわけだが、これは冷戦の再現に過ぎない。実際のところ中国の台頭とは要するに独裁国家の台頭であり第二次世界大戦後の国際秩序をハード面(軍事力)のみならずソフト面(国際法)でも大きく変える可能性がある。独裁主義を肯定する思想はもはや存在せず中国共産党にとって最大の脅威は自由・平等・民主主義思想に他ならない。

 中長期的に見れば国際社会はアメリカを盟主とする「民主主義陣営」と中国を盟主とする「独裁国家陣営」に収斂されるだろう。当然、日本は前者に属すべきだしそのためにも日米同盟の強化、少なくとも「国際標準」化、「普通の国」化は推進しなくてはならない。

 今後、日本の「立ち位置」を問われる場面が多くなるだろう。「日本は米国と中国の架け橋になるべきだ」とか「日本の領土に外国の軍隊が駐留しているのはおかしい」いった優等生的言説は米中両国の不信を買うだけである。ところがこの種の優等生的言説は案外、世論の支持を受けるのである。もちろん日本型リベラルはそれを最大限利用するだろう。

 だからこれからの政治家は外交・安全保障政策への見識、説明能力が格段と問われる。「外交と安保は票にならない」では済まされない。外交・安全保障政策に見識のある政治家を選出するためにも例えば参議院議員の定数増員も積極的に検討されよう。参議院議員は唐突な選挙に振り回されることなく政策に集中できる存在である。

 安全保障は実験や冒険、博打の類は絶対にできない分野である。望ましいのは日本が自主防衛を確立してアジア・太平洋地域における米中間のキャスティングボードを握る存在になることであり、そのためにも防衛論議の活発化が望まれる。そしてそれを妨害しているのが日本国憲法聖典化している日本型リベラルに他ならない。