保守の視点

「保守の視点」から政治・歴史を語る

過激分子の国政介入を考える

 現在の若者は活字を読まない。活字を読むのは高齢者であり、特に政治・思想系の活字は高齢者が圧倒的と言われている。若者は読書をしないことは嘆かわしいことだが、一方で彼(女)らが政治・思想系の読書を避けるのは難解さもあるがその実用性だろう。   

 「社会に出たら何の役に立つのか」というやつである。昭和の時代と異なり雇用の安定が保障されない現在では若者はより実際的である。

 時折、メディアで「若手評論家」が紹介されることがあるが、彼(女)らの中で若者を代表しているものはどれくらいいるのだろうか。筆者の独断と偏見で言えば「文弱」ばかりではないか。「文弱」は若者の世界では少数派であり、とても「代表」にはなれない。
 冷戦終了後、イデオロギー論争は事実上、終わった。歴史学者フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」を宣言し四半世紀以上立つ。もちろんことはそう単純な話ではないが政治・思想系の活動に従事する人間は肯定的に評価されなくなった。
 これらの分野はむしろ「一般人」から乖離した人間が従事するものと評価され、デモに参加する人間は「プロ市民」とまで言われるようになった。

 実際、日本では「活動家」が目立つ。有名なのは街宣右翼だろう。続いて左翼系団体のデモ・署名活動だろうか。街宣右翼は駅前で例えば「北方領土奪還」を訴えるがどこまで本気で考えているのだろうか。また左翼のデモ・署名活動も成功しているとは言い難い。日本では「活動家」は常に少数であるし、そのほとんどは「極右」「極左」と表現しても良い。
 政治・思想活動に活発な人間が少数であることの裏返しとして日本は無党派層が多いこともよく知られている。
 戦後を顧みれば左右両派の争いは国政次元では自民党―旧社会党を両軸とする55年体制である。高度経済成長に伴い「社会主義の建設」が霧散し左右両派争いは憲法9条を基軸とした安全保障政策に収斂した。

 しかし戦後日本の安全保障政策は「対米依存」を基軸とし国民負担も低かったため、その関心も低かった。だから戦後日本では左右両派を決定づける問題すら国民的関心事ではなく、そのため無党派層が増大した。国政は無党派層の動向に左右され強力な「主義」が全体を牽引することができなくなった。強力な「主義」を主張する極右・極左はまさに世論から乖離した勢力となった。ただし彼(女)らは決して消滅しなかったことに留意しなくてはならない。
 極右・極左といった過激分子はいつの時代のどの国でも基本的に少数派である。

 しかし彼(女)らは結束力が強く極めて行動的である。一定数集まれば小さくない脅威であり、一個人なら十分にその発言と行動に制約を強いることができる。はっきり言って「黙らせる」ことも可能である。
 過激分子の行動原理は多数派の形成ではなく他者攻撃である。民主主義が「敵」を「異論」に置き換えている制度であることを考えれば、やはり過激分子の存在は極めて問題である。彼(女)らは自らが少数派であることを自覚し、そのマイナスを補うために「多数派の中枢」を攻撃し麻痺させる。これについては依然、述べた。
 その他にも過激分子が国政中枢に介入する危険性について触れたい。

 過激分子の国政介入パターンとして「国会議員を介する」という手法もある。日本は全会一致を尊重する社会で国会運営も野党を極めて尊重している。野党の「欠席」が「職務放棄」と看做されないのも日本ぐらいだろう。全会一致の意思決定システムは少数派の発言力が大きく。外部の過激分子がこの少数派と接触してしまう。

 過激分子と接点を持つ野党が与党に転じたらどうなるのか。
 かつて飯島内閣官房参与がテレビに出演し「民主党政権時代、80人もの左翼が首相官邸に自由に出入りしていた(入館パスを持っていた)」と発言している(故たかじん氏の番組より)
 戦後、旧社会党を代表とする野党は政権獲得の意思を放棄したため大衆的支持が低く労働組合の固定票に依存した。「万年野党」ならば組合の固定票だけで十分だったのである。旧社会党では選挙実務を仕切る「活動家」が幅を利かせ理論面では党本部事務局が事実上、政策を立案していた。これは日本共産党でも確認されている現象で「官僚」という人材供給源が乏しいため左翼政党では政治家より活動家・学者・マスコミ人が影響力を持つのである。もっと言えば左翼政治家自体、これらの出身者である。
 彼(女)らは職業柄、対等な立場で一般市民と接する機会が限られているので、その思想・思考はやはり観念的である。他人とは「説得」ではなく「啓蒙」すべき対象に過ぎないと思っている。
 戦後、そのほとんどの期間、政権与党は自民党だったが結党当初は別としては現在の自民党は与党経験が長いから過激(極右)分子の流入は考えにくい。仮に流入(入党)したとしても容易に軟化されるか、せいぜい「ガス抜き」要員で終わる。

 「政権担当能力」とは要は法案と予算の精査能力である。理想は「立案能力」だがさすがにこれは厳しい。官僚の方が長けている。
 論を戻すが「法案と予算の精査能力」とは要は「文章と数字」の世界であり、過激(極右)分子特有の誇張表現が介入できる余地はない。

 また過激(極右)分子の関心は憲法・安全保障・教育分野に限られており、これはとても単に「与党」というだけで改革できる分野ではない。日本会議の主張もあまり反映されていないと思われる。
 国政を見るとやはり目立つのは野党の貧弱さである。与党経験が圧倒的に乏しいため過激(極左)分子の流入を阻止できていない。それどころか過激(極左)分子の思想に染まっている印象すらある。
 筆者が注目しているのは立憲民主党であり、同党と極左分子の距離は相当に「近い」という印象がある。立憲民主党の枝野代表は過去に極左暴力集団たる革マル派関係団体から献金を受けていた。控え目に言って単なる「カネだけのつきあい」だろうが、金銭の授受はそれだけで終わらない可能性もある。他人との「貸し借りの関係」を築くのはやはり金銭のやりとりが最もシンプルで効果的である。

 また極左暴力集団に所属こそしていないがその「周辺者」という意味ではかなり疑わしい人物・団体も立憲民主党周辺に存在している。最近、同党は放射能に関する著しく偏向した情報を内外に発信していたタレントを参議院選挙に党公認候補として擁立することを決定した。このタレントの主張を見る限りどう考えても一般人ではない。

 このように立憲民主党は「立憲主義を取り戻す」だけで結党された一種の「スローガン政党」であり、だからこそ有象無象の者も参加できる。このタレントの擁立劇を見る限り枝野代表の公認権の実態を疑わざるを得ず、氏は案外、党内基盤が弱いのかもしれない。
 論を戻すならば未熟な野党は過激分子の国政介入の余地を与えているのである。
 景気が良く活力ある社会で過激分子が跋扈するとは考えにくい。常識的に考えれば荒んだ社会の方が過激分子は跋扈する。
 雇用が安定し賃金が持続的に上昇する社会であれば過激分子の拡大も阻止できるし対抗措置(警察官の増員等)も充実できる。
 そういう意味では景気回復・社会保障の充実こそが最高の過激分子対策と言えよう。
もっともこれはかなり抽象的な意見である。筆者としてはより具体的な過激分子対策を検証していきたい。